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「小学校英語」が中学につながらないのは当然です [英語]

<小学校英語>中学につながらぬ 「役立っている」半数 (毎日新聞) - Yahoo!ニュース

そりゃつながらないでしょう。コンセプトが違うのですから、あたりまえです。

世間では、中学校の英語教育が悪いと考える人が多いのでしょうが、それは間違いです。

英語を話す訓練が必要だと言っても、話すためには言葉をたくさん覚えなければいけません。単語も熟語もたくさん覚えなければ、話せるようにならないのです。

改善すべきは「小学校英語」の方です。

日本語を上手に扱えるようになるためには、漢字とセットで言葉をたくさん覚えなければいけません。それと同じで、英語を扱えるようになるためには、もっとたくさんの単語や熟語を覚えないといけません。

その努力をせずに、話せるようになると考えている人の頭は悪すぎます。「ゆとり」すぎです。




五輪の語学ボランティアには参加しないでほしい。 [英語]

東京五輪組織委員会「選手村の交流施設作るから木材無償提供しろよ、終わったらレガシーとして使わせてやるから」 | BUZZAP!(バザップ!)

年々亜熱帯化している日本で、真夏のオリンピックを開催するなどという愚行を許した東京都民の知性を疑う人は私だけではない。もし本気で五輪を開催するのなら、陸上選手の命を守るために、フルマラソンは視聴率を度外視して早朝の4時までにスタートする必要があるだろう。箱根駅伝は冬に開催されるから遅いほうがいいが、真夏の東京では、朝の7時や8時はあまりにスタートが遅すぎる。それくらい日本の高温多湿な夏がアスリートにとって危険であることを、もし大会主催者が知らないとすれば、よほどスポーツには関心がないようだ。無論、彼ら(財界)の興味(interest)は、利益(interest)、つまりお金だけであることは誰でも知っていること。自分たちの懐にお金が入ってくれさえすれば、アスリートが死のうが、ボランティアが死のうが、どうでもいいというのが彼らの考えだ。

お金がたっぷりあると言って五輪を招致すること異成功した東京都は、お金がないのでさまざまな分野でボランティアや物資の無償提供を求めている。「語学ボランティア」もその一つだ。オリンピックは記念になるなどと騙されて、自分の能力を安売りするようなバカが増えると、語学業界にとっては多大な損失になるので、是非とも東京都にお金を支払ってもらうことを求めてもらいたい。

日本ではサービスにお金を払わないという悪質な文化が育ってしまっているが、それはグローバル化に逆らう動きである。金も払わない奴に、「おもてなし」などと言って、ただでサービスをしてやる必要はない。「おもてなし」という最近でっち上げられた悪い文化の陰で、安心して生活ができない人が増えていることを認識してもらいたい。

先日、私の同僚の女性教員が、「高い学費を払っているんですから、きちんと英作文の添削をしてくださいよ」と学生に言われたそうだ。たしかに学生にとっては高い学費である。しかし、講師がもらう給料はあまりに少なすぎる。学生側が支払う高額な学費は、建物の新設や設備の入れ替えの方に回ってしまい、人件費には一切回ってこないのである。20年前と同じで給料で働かされているのである。しかも、拘束時間も増え、業務内容も増えている。つまり、デフレなのである。

そんな状況で、一人ひとりに丁寧に教えてやるには、いまの3倍の給料が必要だ。朝から晩まで働いても、子供二人の教育費に稼いだ金が吸い取られ、100万円の中古車も、老後の安心もまったく買えそうもないのである。われわれには他人の子供のことなど考えてやれる暇がない。平均レベル以上の生活が許されるほどの対価が支払われるのでなければ、ただで面倒見ろというのは理不尽だと学生に言ってやるべきだと彼女に伝えておいた。

人間の良心を利用して、自分の懐だけを豊かにしようとする狡猾な野郎には、つばを吐きかけてやりたい。


プレゼンの授業と文法の学習は無意味というデマ [英語]

学生のプレゼンを昨日すべて聞き終えました。自分で言うのもなんですが、本当にお疲れ様でした。

私は数年前から英語の授業にプレゼンを取り入れています。教科書のエッセイを読んで内容確認をするだけで終わらせてしまう先生方が多い中、私はエッセイの分析をしてから、そのエッセイのテーマを利用して、構造をまねて学生にエッセイを書いてもらい、それを教室でみんなの前で読み上げてもらうということにしています。

教室によっては、パソコンが使えるので、パワーポイントでスライドを作らせたり、それができない教室では、手書きでスライドを作成させてOHCを使ってもらったり、それさえできない原始的な教室では、黒板にキーワードを書いてもらっています。これによって、どうすれば、言葉以外の方法で理解してもらえるかを学べます。

さらに、その発表を学生たち自身に採点してもらい、成績に入れています。これをすると、文章の読み方が変わり、書き方も学べ、さらには伝え方も上達します。他人のプレゼンの評価をすることによって、自分の中に評価基準が作られるし、どうすれば上手になるのかを、教員からだけではなくクラスメートたちから学ぶことが出来ます。

ふつうは自分ひとりですべてを完成させるようにしているのですが、クラスによってはグループプレゼンを取り入れています。メンバー同士で議論をすることで、多様な意見を知ることができる上に、批評精神が身につきます。さらに協調性や責任感が高まるだけではなく、他者への敬意も持つことができるようになります。私の授業はそんな感じでやっております。

プレゼンは英会話やライティングやリスニングの勉強にもなるのですが、いかんせん、学生の英語が理解できません。学生たちも同じように理解できないと思います。TOEIC900点台の私が理解できないのですから、300から500点くらいの学生に理解できるわけがありません。彼らの英語が理解できない理由は、私のリスニング力の低さではなく、彼らの英語が英語ではないからです。英語なら聞き取れるのですが、英語ではないから、聞き取れないのです。

彼らの言っていることは単語レベルではわかるのですが、全体となると、文法にかなっていないので、何を言っているのかさっぱりわかりません。学生の中には、グーグル翻訳を利用して原稿を書いているものもいて、そういう学生はグーグル翻訳を使って書いた英語は通じる英語だと本気で信じ込んでいるようです。

アマゾンで中国製品を買うと、日本語として成立していない商品説明があります。なんとなく分かる気もするのですが、本当のところは何を言っているのかさっぱりわかりません。彼らの書く英語はあのレベルの英語なのです。通じればいいという問題ではなく、ほとんど通じないのです。通じていると思っている事自体が傲慢です。そんな英語を大量に聞かされていると、病気になって死にそうです。

おおむね、プレゼンのときにつけた点数と、原稿そのものを読んだ後につけた点数は、私の場合はほぼ同じです。プレゼンを聞いてもわからなかったものは、原稿を読んでもわかりません。英語がある程度できる学生の書く文章は、聞いてもわかるし、読んでもわかります。不思議なものです。

それは文法にかなっているからわかるのです。それは単語が並べてあるだけではなく、並べ方で意味が変わるという、当たり前の事実を反映しているだけです。遺伝子がアデニン(A)、グアニン(G)、チミン(T)、シトシン(C)の配列で意味が決まるのと同じように、英文も語順が大切です。そういうことを初学者レベルのときに理解させていないために、大学生になっても、無意味な英文しか書けないようになってしまったのでしょう。

英会話も確かに大切なのですが、われわれは英文法のほうがもっと大切だということをきちんと伝えていかなければならないと思います。世間では英文法なんか学んでも意味がない、重要なのは英会話だということを恥ずかしげもなく言う人がいますが、知性が低いことの証明でしかありません。あれは世の中に流布しているデマの一つです。英文法の基礎ができていない人は、いくらプレゼンを練習しても、どうにもなりません。


Bill Clinton is literally hiding between two Bushes [英語]

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Bill Clinton is literally hiding between two Bushes in a viral photo - CNNPolitics.com

ツイッターにビル・クリントン元大統領は "My Life Between the Bushes"なる本を書くはず(べき)だという冗談が流れているという。

bushを使った慣用句としては、以下のものは知っていたが、ブッシュ父子の間に挟まっていなければ、きっとこの表現は盛んに使われていたであろう。

beat the bushes
やぶの辺りをたたいて獲物を狩り出す.

ファーストフードは意識の低い貧乏人の食べ物というのは間違い [英語]

No, poor people don't eat the most fast food - CNN.com

アメリカでも日本でも、おそらく全世界的に、貧乏人がファーストフードを食べているという印象があるが、それは思い込みに過ぎず、お金持ちもファーストフードが好きであるという調査結果が発表された。

ドナルド・トランプもウォーレン・バフェットも、ビル・ゲイツもファーストフード好きを公言しているほどだから、ファーストフードが貧乏人の食べ物というのは、言いすぎなのだろう。

これは日本でも当てはまると思う。我が家はお金がないので、マクドナルドを含め、ラーメン屋やそば屋(いずれも日本ではファーストフードだと認識されていないのが不思議!)ですら、めったに行けない。家族4人で食べたら、3000円から4000円もかかってしまう。給料の上がらない不景気な時代に、そんな贅沢はそうそうできるわけがない。

それはさておき、英語の表現で面白いものを発見した。

"...when they were in their 40's and 50's. "

"We're all loving it"

最近はいずれもよく見かけるものだが、文法的には間違っている。 40'sと50'sのアポストロフィーはいらないし、loveを進行形にしてはいけない。アポストロフィーがいらないのは、40代、50代は40歳、41歳などと複数あるのだから、複数形であるべきだからだ。

loveの進行形の方は、マクドナルドが広めたことを受けているので、必ずしも迂闊な間違いとは言いきれない。しかも、イギリスの文法書にも、このような状態動詞でも、最近は進行形にすることもよく見られ、認められつつあると書いてあるほどだ。

余談になるが、近頃では「ファーストフード」を「ファストフード」と表記するようになっているが、そんなふうにわざわざ区別する理由がわからない。firstとfastはそれぞれファーストとファストと発音されるわけではないのだから、余計な混乱を引き起こすだけであると思う。むしろfast foodもファーストフードと発音したほうが、原音に近く、通じやすいと思う。ファストフードだと、原音からよりいっそう遠ざかってしまう。


文法の学習は重要だ [英語]

先週から来週にかけて200人以上の英語のプレゼンを聞かなければならない。ようやく80人ほど済んだところだが、毎朝目が覚めるたびに「原因がはっきりした」めまいに苦しんでいる。

めまいの原因は、学生たちの使う英語の分からなさである。レベルの高いクラスでは、英語の発表を聞いても、けっこうな割合で内容が理解できるから、私のリスニング能力の問題ではないことは明らかである。彼らの発表の9割は、何を言いたいのかまったくわからないものだ。そうなってしまう原因は、英文が文法的に正しく書けないこと、発音が下手すぎること(お経になっている)、文章の構成がわかっていないこと、議論が正しくできないこと(身内同志での批判を避けること)、考えていることがつまらないこと、主張を明確に伝える手段を知らないこと、パワポのスライドが効果的に作れないこと、などが指摘できる。

その根本的な原因は、おそらく高校までの教育が単なる詰め込み式になっていて、自分の頭でものを考え、それをわかりやすく誰かに伝えるという教育がなされていないことにあるのだろう。「ゆとり教育」を廃止してすべてが解決したかのように錯覚している人がいるが、それは完全な間違いである。思考停止した日本人を増やしただけなのだ。その反省に基づいて、「ゆとり教育」の趣旨を正しく理解する努力をし、その信念を徹底する必要があると思う。

プレゼンの原稿は発表後に提出してもらうのだが、案の定、解読不可能な暗号文である。おそらく、グーグル先生に翻訳してもらっただけのものなのだろう。グーグル先生は万能だと信じている学生がいるが、オンラインショッピングサイトに氾濫している中国語から機械翻訳システムを通して訳されたと思しき商品説明の文章を見れば一目瞭然だろうが、学生の発表はあのレベルのわからなさなのである。

今の学生たちに必要なものは上記のように数多あるが、もっとも必要なものは、文法の徹底した学習であろう。単語をルールに従って正しく並べてくれれば、わかる文章になるのだが、彼らの作る文章は、ほぼすべて破格なのだ。三単現のSを落とすとか、単数複数の区別をしないとか、時制を使えないのはもちろんのこと、使っている単語は意味不明、しかも語順がめちゃくちゃで、さらには関係代名詞もどきを一文の中に何個も入れたり、複雑すぎる複文になっていることが多いのである。読んでも理解できない暗号文を、聞いて理解できるわけがないのだ。そんな事態になっているのは、会話重視のいい加減な教育をしているからだ。

会話のみを重視すると、単語だけで会話が成り立つと錯覚する人が増えてしまう。同じ文化圏の人間同士で学習しているとそういうことがままある。「英語は道具なのだから、通じればいい」ということを言う人の多くは、鉛筆がpencilであるように、愛がloveだと即座に翻訳可能であると思いこんでいる。彼らはある言語の中での一つの単語は、別の言語にも必ず対応物があると根拠なく信じているらしい。「風呂!」で意味が通じるのだから、「bath!」と言えば、西洋人の妻が風呂の準備をしてくれると考えている日本男児はいないだろうが、英語を道具だというのは、その程度の低レベルの主張だということは明らかだ。

文法というのは、もちろん、単語の選び方だけではなく、単語の並べ方である。単語の並べ方を変えると、とたんに意味がわからなくなったり、意味が変わってしまったりする。(これについてはここでは詳しく説明しない。)それがわからない人が、英単語を日本語訳と対応させながら覚えても、永遠に英語は理解できないし、使えないままである。

昨今の英語教育をこのまま無駄に終わらせないためにも、文法の学習を重視してもらいたい。「会話」を重視するあまり、「文法」を疎かにする人たち(教員も含む)が多いが、それが、英語教育を永続的に成功させない陰謀なのではないかとさえ思えてくる。

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LとR、装置で聞き分け改善 日本の研究チームが開発 [英語]

LとR、装置で聞き分け改善 日本の研究チームが開発:朝日新聞デジタル

LとRの聞き分け、5日で90%に 英語の新学習法開発、脳活動を可視化 情報通信研究機構 - SankeiBiz(サンケイビズ)

世間では日本語のネイティヴスピーカーはLとRの聞き分けが苦手であるとまことしやかに言われている。しかし、世間で言われているほど、その聞き分けは難しいものではないと思う。

私自身もさほど困ったことはないし、学生たちも特に問題は感じていないようだ。Lの音は軽くて短いし、Rはこもった感じで長いので、その感覚さえつかめれば、わざわざそんな装置を使って5日間もトレーニングをしなくても大丈夫だ。

さらに、単語のみで聞き分けができなかったとしても、通常、言葉には文脈があるから、RightとLightを聞き間違えることはまずない。

きっとこの研究チームはイグノーベル賞を狙っているのだろう。

他にも、聞き分けにくいものとして、DとB、PとB、FとVなどがあるが、この装置はそちらにも応用できるのだろうか。

イノベーティブな英語の学び方? [英語]

世界に注目される日本人の英語教師に聞いた「イノベーティブな英語の学び方」 | ライフハッカー[日本版]

英語を英語で教えるのは非効率という意見は全面的に賛成だ。私も大学時代に英語で英語を教わった口だが、あまりに役に立ったとは思わない。リスニング能力はわずかに高まったのかもしれないが、アメリカ人やイギリス人の教員が日本を馬鹿にする話ばかりするし、おとなしい日本人学生に差別的な態度をとるので、面白くなかった。英米人の日本人への差別意識というものはどういうものかの勉強にはなったが。

同様に、島津さんもホームステイ先でひどい差別に遭ったという。そのとき、自分が英語で言い返せないのは日本の英語教育が悪いと思ったという。その考えは間違っているような気がする。差別するホームステイ先の野郎が悪いと考えないのは非論理的。われわれは世界中の人達と喧嘩をするために英語を学んでいるわけではないだろうが。

島津さんは段階的に英語を学ぶのは効率が悪く、一気に学ぶ方がいいと主張している。しかし、それは同意できない。私は3月にバイトをしたのだが、職場には何の研修制度がなく、いきなり現場に立たされた。何の予備知識もないところで、大量の情報を一気に教えられ、同時並行でさまざまな処理を行わなければいけない状況に置かれたわけだ。当然だが、いい年をしてパニック状態になった。結局、何一つ身につかず、挫折に近い形で止めざるを得なかった。

島津さんは、段階的に教える場合、途中で挫折すると取り返しがつかないと主張している。しかし、むしろ一気に教えたほうが、一気に潰される可能性が高まると思う。島津さんの主張は、泥縄式にやったほうが身につくという意味なのかも知れないが、モーティヴェーションが高くない人にとっては、それはなかなかきついことだと思う。

島津さんの伝える学習方法は「イノベーティブな英語の学び方」とされているが、私にはさほど革新的には思えない。

余談だが、教科書の内容がつまらないというのは全面的に賛成だ。最近は英米系の会社の教科書を大学側に指定されることが多いのだが、糞つまらない内容で、勉強にならない。


They is ? [英語]

LGBT:theyの三人称単数OK 性的少数者に配慮 - 毎日新聞

最近は、日本人にもおなじみの外国人の名前ばかりではなく、見たこともないような名前をよく目にする。その都度、男性か女性か考えなければいけないので、面倒だ。これが避けられるというのは朗報だが、今度は単数なのか複数なのかを区別する問題が生じて、またまた面倒くさい。

英語ではこれまで、HeやSheの代わりになる男女の区別をしない代名詞がいろいろ考えられてきた。Xeというものもあったが、結局、定着しなかった。今回はTheyを単数で使うことを認めるということになった。それはよいのだが、次は、They areとするか、They isとするかが問題になる。かつて、Youには複数のYousというものがあったが、Youに一本化された。現在、You areは「あなたは」または「あなたたちは」の両方を指すが、特に混乱は生じていないので、文脈があれば、問題はないのかもしれない。

安倍首相関与の決定的文書 これで知らぬ存ぜぬは通じない|政治|ニュース|日刊ゲンダイDIGITAL

「総理の意向」伝えた忖度大臣 山本創生相に“動かぬ証拠”|政治|ニュース|日刊ゲンダイDIGITAL

無理筋が現実に…加計学園「総理の意向」文書を全文公開|政治|ニュース|日刊ゲンダイDIGITAL

共謀罪で大強化、スノーデンが警鐘を鳴らす日本の監視体制! 政府はすでにネット傍受ツールを利用していた|LITERA/リテラ

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安倍首相の加計学園疑惑に決定的証拠! 官邸が文科省に「総理のご意向」の文書、萩生田官房副長官も圧力|LITERA/リテラ

フェイク総理の安倍はこれで一巻の終わり。森友学園問題、加計学園問題による国政の私物化で2ストライク、そして民主主義を破壊する共謀罪法案の強行採決があれば、ストライクアウトだ。

しかし、この期に及んでしらを切り続けるのであれば、「この桜吹雪が目に入らぬか」の遠山の金さんか、「この紋所が目に入らぬか」の水戸黄門に登場を願うしかない。


エッセイライティング:私大の入試問題の出来の悪さ [英語]

土曜の夜は受験生の長男と英語の勉強をしているのだが、今晩は学校の宿題を手伝うことにした。息子が用意したのは明治大学の入試問題だ。内容は単純なのだが、エッセイとしては極めて出来が悪いのに驚いた。

どんなふうに出来が悪いかというと、英文のエッセイの構成になっていないのだ。英語のエッセイは、イントロの中に、そのエッセイの中でしたいことを宣言する一文が含まれる。「このエッセイでは、斯(か)く斯く然々(しかじか)について論じます」という宣言だ。(このブログの記事だと、入試問題のエッセイの出来が悪くて驚いた話を書くという宣言になる。)それをThesis Statementという。その後のパラグラフ以降は、自分が述べたいことを整理整頓して、ブロック状にして展開していく。それぞれのブロックをパラグラフと呼び、中身はThesis Statementをサポートする個別具体的な内容になる。そして、それぞれのパラグラフの冒頭には必ずトピックセンテンスが置かれる。まるで大きな箱の中に、小さな箱が何個か入っている構造になっている。

ところが、明治大学の入試問題を読むと、大きな箱に小さな箱が入っているという構造が意識されていないことが分かる。まず、イントロであるはずの第1パラグラフから個別具体的な話が始まっている。全体的には、中くらいの箱になっているのであるが、それでも個別具体的な話であることには代わりはない。英語のエッセイであれば、イントロは読者にこれからどういった分野の話をするのかを伝える重要な役目がある。それなのに、個別具体的な話から始まるので、大枠がつかみにくく(大きな箱に貼られたラベルが判読できず)、非常に読みにくい。その後、第2、第3パラグラフまで具体例が続く。そして、第3パラグラフの終わりに、満を持して、イントロの中にあるべきThesis Statementが登場するのだ。主役の登場があまりにも遅すぎる。結論は第4パラグラフにあるのだが、結論の一文はパラグラフの冒頭にはない。最後の最後に登場人物が発した言葉が引用されることによって、結論となるのである。

このエッセイは、きっと日本人の手によるものだろう。論理展開以外にも、全体的に非常に言葉遣いが堅苦しいところや、"It can be said that - "などと、日本人以外はあまり使わないような表現があったり、文法的におかしいところもある。複数形で受けるべき動詞を、なぜか単数形で受けているのである。きっと日本人の教授が書いた文章をどこかの予備校に外注し、試験問題として作ってもらったものに違いない。そういう出来損ないのエッセイであるからこそ、かえって試験問題が作りやすいのかもしれない。

高偏差値の私立大学だと、そういうクセのある(出来損ないの)試験問題が頻出する。それは学生たちが頭のこんがらがった先生たちの話を聞いても、自分なりに整理整頓できる能力を試されているのかもしれない。しかし、入試でそんなものばかり読まされていたら、学生は大学に入っても、パラグラフがわからない、エッセイが書けないという状況のままになってしまうだろう。

私の個人的な意見だが、そういう文章の読解力を評価するのは時代に合わせてそろそろ止めて、むしろ、頭のこんがらがったセンセイたちの頭の方を整理整頓した方がいいと思う。オールイングリッシュで教育していると言われている明治大学の英語教育は本当に大丈夫なのだろうかと今晩は大いに心配になった。