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擬似相関 [学問]

「世界標準の子育て」において重要な、3つの条件とは? (ライフハッカー[日本版]) - Yahoo!ニュース

「世界標準」を善とする思い込みにとらわれている事自体がまさに日本的なんだよね。アメリカの人たちだったら、「世界標準」なんてまったく興味を示さないはず。独自性を出して、目立たないといけない競争社会だから、他の人と同じことはそれだけで悪なんだよね。ファッションも画一的になりがちな日本とは、そこが大きく違うところ。子育て方法や子育てのポリシーまで、外国の標準とされているかもしれないものに合わせようとする発想はグローバル化(画一化ではない!)に対応できていない証拠なのだから、もう卒業した方がいい。

『AIに聞いてみた』の疑問点を「NHKに聞いてみた」 “AI”から受ける印象と実態の「ちぐはぐさ」 (ITmedia NEWS) - Yahoo!ニュース

因果関係はその原因がその結果を必然的に生むという関係。それに対して、2つの事柄が連動して見るものを相関関係という。しかし、相関関係ではないが、それに似た「擬似相関」というものがある。それは「関係のない2つの事柄に、あたかも因果関係があるように見える相関」のことを指す。

 「アイスの消費量が増えると熱中症患者が増える」という関係を仮定してみよう。言うまでもないが、どちらの事柄も「気温の上昇」という原因で発生している結果であり、「アイス」と「熱中症」の間に正の相関関係はあっても、因果関係はないと考えるのが妥当だ。


 この時の「気温の上昇」という3つ目の事柄を「交絡因子」(こうらくいんし)と呼び、交絡因子によってあたかも因果関係があるように見えることを擬似相関という。


ちょっと前に話題になった「40代ひとり暮らしが日本を滅ぼす」というAIのお告げは、「40代ひとり暮らし」が交絡因子となる。それは「風が吹けば桶屋が儲かる」の発端と結果を結ぶ中間地点のどこかにある因子の一つというわけだ。

世界標準やグローバルスタンダードの価値観を受け入れれば、世界でやっていけるというものも、因果関係ではなく、相関関係でもなく、擬似相関なのかもしれない。


Venice, Invaded by Tourists, Risks Becoming ‘Disneyland on the Sea’ - The New York Times

イタリアの水の都ベニスが、観光客船に乗って訪れる大量の観光客によって、破壊されているという。団体客が地元の経済や文化に貢献しないせいだ。観光というのは、本来その地域の大きな物語や小さな物語を敬意を持って学ぶことである。ただ「そこに行ってきました」という証拠のための自撮りをして、おざなりの食事をして、お土産を買って帰るだけの反知性的な旅行者ばかりが増えてしまうと、伝統文化が途絶え、ディズニーランドのような金儲け優先の詰まらない商業施設に堕落してしまう。


大学がもし100人の村だったら [学問]

志願者殺到の「人気大学」を選んでいいのか? : 深読みチャンネル : 読売新聞(YOMIURI ONLINE) 1/4

 入学生100人のうち、12人は中退、そして13人が留年する。さらに30人は就職が決まらないまま卒業、14人は就職するものの早期退職する……。大学を4年間で終え、卒業と同時に就職し、そこで3年以上働いている人は、わずか31人に過ぎない。


私たちの世代の大学卒業生像に近いのは3割以下か。


革命を起こすしかない。 [学問]

教育現場が崩壊の危機…「先生の数」が全く足りてないらしい - NAVER まとめ

教員の数が足りていないことの原因は単純である。少子高齢化とベビーブーマーの大量退職だけではなく、自公政権が教育費を大幅に削減したためだ。そのせいで、財政難にあえぐ地方自治体が、非正規雇用の教員を増やさざるをえなくなってしまった。一方で、給料の良い民間企業でも人手不足なのだから、低賃金で不安定な上に重労働な非正規雇用の教員になりたがる若者が減るのは当然のことである。

また、自公政権は国立大学の教育学部を廃止するという愚策を実施してしまった。国家の目先の利益になるような人材しか育てる気はないというのだ。だからこそ、政府は軍事開発につながるような理系学部には手を付けなかったのだ。自公政権は教育まで単なる金儲けの道具としか考えていないことがわかる事実である。そんなネオリベの自公政権下では、教育の劣化の進行には歯止めをかけることはできないのは当然だろう。

統計では良い数字が出ているかもしれないが、実際は不景気の真っ只中だ。国家予算が増えないのは、その決定的な証拠だ。教育に関わる人件費を大幅に削減するにもかかわらず、軍事費を増大させ、どうでもいい建物を建て、不必要な大学を次々に建設し、無意味なギャンブル施設を作るのだから、定見がないと言わざるをえない。

そんな国家を破綻させることに貢献するだけの自公政権に対抗し、そして最終的には打倒するために、ただちに社会民主主義的な政党を作るしかないだろう。

今後AIが日常生活に浸透し、人間の代わりに働くようになっていけば、ますます社会主義的な政策が重要になっていくはずだ。それは資本主義と対立するような考えではなく、資本主義の決定的な欠陥を補完するようなものである。日本国民の大多数はまだそのような考えを理解できないかもしれない。しかし、10年後、20年後、社会主義の重要性を理解する人は必ずや増えていくはずだ。無論、国家が自国民を幸福にするために、民主主義を支える市民を育てるという思想も社会主義である。

7月は教員にとって地獄の日々が続く [学問]

目が痛くて、仕事にならない。

昨晩からテストを作り始めた。教科書の細かい字を見ながらタイプする作業が必要なので、目がチカチカしてくる。昨晩は半分作って、今日、仕事から帰ってきてから、作業を再開。夕方にようやく入力し終えた。その後、自分自身で問題を解いて、誤字脱字やレイアウトを修正し、完成。

今朝も授業開始1時間前に職場に到着し、学生のレポートを読んで成績をつけ、MacBookに入力。週末中にもう1クラス分片付けなければならないのが苦痛だ。

今日は2クラス分のプレゼンを聞いた。昨日も2クラス分だった。文法がめちゃくちゃの発表と、きつい冷房で、目だけではなく頭や腰まで痛くなった。あまりに出来が悪いので、原稿は見たふりをして、発表を聞きながらつけた成績で代替するつもり。

今週から再来週にかけて、総勢200人以上のプレゼンを聞かなければならない。それと同じ数のテストもあり、もちろん採点も必要だ。

プレゼンは、学生たち自身に他の学生の成績をつけてもらっているので、その集計作業も待っている。あまりに仕事が多すぎて、下請けに出したいほど。

今学期は、7月26日が仕事納め。まだ20日も残っている。

夏休みの予定は何もないのだけれど、どこかへひとり旅にでも出たい気分。密かに考えているのは、クルマで東北を一周すること。20年くらい前からの夢だが、いまだに実現していない。とにかく、何か楽しみを見つけなければ、この地獄の日々は乗り切れないかもしれない。


「ゆとり教育」に戻したほうがいい。安倍が死なないと日本の教育は良くならない。 [学問]

あなたが誤解しているハーバード大学の5つのこと | 古川あかり

マイケル・サンデルがもう白熱授業をしていないということは薄々感じていましたが、本当だったのですね。大教室で哲学を教えるなんて、効率の悪い「苦行」でしかないですからね。

「公立小中学校の教員が全国で700人超不足」という異常事態の意味すること、なされるべき対策は? | BUZZAP!(バザップ!)

教育にかけるコストを減らし、国立大学の教育学部を廃止し、教育をビジネス化するのが安倍政権の方針だから、少なくとも安倍が死なないと日本の教育は良くなりませんよ。

奈良の名門校は「読み聞かせ」で秀才を育てる | 名門校の不思議な授業 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

私は、いつもこれっぽい授業をしています。英語をどうすれば身につけられるかにこだわる英語教育を専門にする先生とは一線を画しています。私が重視するのは、分析と実践です。

もはや昭和!過剰品質「ダメ資料」4つの特徴 | 30代から身につけたいキャリア力実戦講座 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

昭和って、そんなにダメなイメージなのですか? それに、プレゼンが盛んになったのは、平成からじゃないのかな。過剰な情報を盛り込むのは、平成のプレゼンですよ。

夏休みが「16連休」に子どもは猛反発、静岡県吉田町の方針 - ライブドアニュース

時代の流れに合わせるなら、「ゆとり教育」に戻したほうがいいですよ。「ゆとり教育」の弊害面だけを見て、「ゆとり教育」中止に同意したのは、国民が馬鹿だからです。自分の頭で考えない国民が、政府と結託する財界にころりと騙されただけです。

「ちゃんと議論できない」日本社会への処方箋 [学問]

「ちゃんと議論できない」日本社会への処方箋 | リーダーシップ・教養・資格・スキル | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

私は英語を教える仕事をしているのだけれど、正直に言って、英語を教えることには興味がないので、殆どの場合、議論の仕方、物の考え方を教えている。

堀潤さんと若新雄純さんが話している通り、日本に暮らす多くの人々は、民主主義の根幹である話し合いが苦手だ。政治家の多くも、口喧嘩は得意だが、まともな話し合いができない。彼らには話し合いをするための土台がない。土台とは、以下のとおりである。

1)事実と意見を分け、事実関係を整理する。
2)論理的に思考・推論する(論証する)。
3)話をわかりやすくするために例を上げる。話をすり替えるための例にならないように注意する。
4)自説をサポートするためのデータを出す。しかし、偽証するような卑怯な真似をしない。
5)自分を閉じ込めているパースペクティヴ(遠近法的な見方)の外に出る。パースペクティヴを超越して、神の視点は無理でも、せめてキュビスム的な視点に立ち、自分には見えていないものも存在していることを正直に認める。

そのようなことをつらつらと話している。英語教育を専門にする人たちは、単語や表現を覚え、それを使う練習をさせて終わりけれど、そんなことよりも、もっと深い部分に踏み込む教育環境を構築することのほうが重要なのだと思う。個人にとっても、社会とっても。

学問は何のためにするのか? 個人の価値を高めるためであるのは言うまでもない。自分の知識や能力や時間をお金に交換するのが「仕事」ならば、自分の価値が高ければ高いほど、短時間で高い収入を得られる仕組みだ。そのために我々は学んでいるのは当たり前のことである。

しかし、同時に、我々が学問しているのは、自分たちが暮らしている社会を良くするためでもある。日本に暮らす人々は、そういう意識があまりに薄すぎると思う。

ためしに、「あなたは何のために勉強しているのか」「何のために勉強してきたのか」と身近な人達に聞いてみるといい。いかに彼らが何も考えていない人たちか、あるいは考えているにしても自分たちや自分の身近な人達のことしか考えていないかがよくわかるだろう。大事なのは、自分の視界に入っていない人たちのことまで考える努力をすることだ。学問というものは、そういうものであり、その学問の基礎となるのが話し合いなのだ。話し合いができない人たちには、学問する資格はないだろう。


アーモンドミルクなど植物性ミルクで低身長に? [学問]

CNN.co.jp : アーモンドミルクなど植物性ミルクで低身長に? カナダ研究 - (1/2)

この文章の結末にある通り、信憑性の低い調査と結論づけざるを得ない。人間は、牛乳だけで生きているわけではないので、他の要因も考慮せざるを得ない。こんなでたらめな研究をしているような人たちは、牛乳屋の回し者だと思われてしまうだろう。

また、身長の高さと健康には密接な因果関係があることはわかっていないし、身長が高いことが善で、低いことが悪であるという偏見を広めることにつながれば、差別を促す結果になる。

いずれにしても、こんな研究をしている事自体、愚の骨頂である。


決めつけないでほしいね [学問]

顔を見ればその人の9割わかる!?「輪郭」から分かる性格と傾向 | citrus(シトラス)

顔で性格を判断かのような「エセ科学」を撒き散らしておいて、「筆者は差別しているわけではない」などと主張するこのブログの書き手は、自分の罪をまったく理解していない。非常に困った人だと思う。


自民党政権と官僚を恨む。 [学問]

一橋大講師の年収額に衝撃 日本と海外の大学で給与に差 - ライブドアニュース

国立大学だと専任教員の年収は600〜800万円。私立だと、学校にもよりますが、最高で1200万円くらいでしょう。非常勤講師なんて、国立の専任の半分程度の年収で非人間的な生活を送っています。率直に言って、建設現場の土木作業員よりも安月給かもしれません。

実のところ、日本の大学のコアの部分をを支えているのはそんな低賃金の非常勤講師です。このまま非常勤講師たちが低賃金で雇用され続ければ、ますます日本の教育が疲弊していくのは目に見えています。結果、大学の教育力が弱まり、長期的には、国家の知力が衰え、政治的にも精神的にも貧しい社会になっていくでしょう。

頭のいい人はさっさと将来性のない日本に見切りをつけて、海外に移住したほうがいいかもしれません。結果、日本に残るのは、愛国者ヅラしたネトウヨおじさんと貧乏老人だけになるのでしょう。私の目には気持ちの悪い社会の姿しか目に浮かびません。

こういう社会にした自民党政権と官僚たちを私は徹底的に恨みます。


若い教師と老齢な教師の決定的な違い [学問]

若い教師は、自分が知っていることをすべて教えようとするところがある。それは情熱的に見えるのだが、教育的な効果はきわめて薄い。

一方、老齢な教師は情熱がなく、つねに脱力しているように見える。重要なことを教えるとき以外は、教え子が自分の頭で考えて、自分で答えを発見することを見守っているからこそ、そう見えてしまうのだ。自分が知っていることをすべて教えるにはあまりに時間が足りないし、教えずに自分で学ばせる時間的な余裕を与えるほうが教育的効果が高いということを長年教育に当たってきた教師は経験的に知っているのである。

私が3月上旬にバイトで店員をした時、私の指南役になってくれた若手社員は、私を促成栽培しようとし、自分が知っていることは何でも教えようとしてくれた。その教え方が、体系的な指導法からは程遠く、その場その場の思いつきだけで行われ、かつ、言っていることが前回言っていたことと矛盾することが多いのである。しかも、何かをすれば、必ず否定から入るので、私が自分の頭で考えて行動したことをすべて否定されるので、やる気も失われてしまう。「そんなに文句をいうのなら、全部自分でやればいいじゃないか、アホらしい」と、そんなふうに思ったことが何度もあった。結局、現場に慣れることができないまま、彼の指導法の結果、頭がパンクし、自信を喪失してしまい、辞表を提出したのである。

教師は何でも教えればいいわけではないということの正しさを改めて思い知ることができた。