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坪島孝監督、『クレージーの無責任清水港』(1966年) [映画]

クレージーの無責任清水港 - Wikipedia

クレージーキャッツ主演の「時代劇シリーズ」第3作で、「無責任」の文字を冠した最後のクレージー作品。脚本が未完成のまま撮影に入ったらしく、支離滅裂な展開になっているが、それがかえってクレージーキャッツらしい軽快さを醸し出している。

しかし、その表面的な明るさとは引き換えに、インチキな封建社会、責任感の強さを装う無責任な人々、見せかけの義理人情への揶揄という重たいテーマが隠されているように思える。

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主人公の「追分の三五郎」(植木等)は、無銭飲食とスリとイカサマ博打で生計を立てる「無責任」(?)な男だ。確信犯的な無銭飲食で牢屋に放り込まれた三五郎は、ハッタリをかまして他の囚人たちを手懐けている森の石松(谷啓)を権力の座から引きずり下ろす。だが、三五郎と石松とはよい相棒になる。

その後、牢屋を追い出された三五郎は、先に釈放されていた石松が仕えている清水次郎長(ハナ肇)一家に草鞋を脱ぐ。三五郎は次郎長一家の財政が厳しいのを見かね、助っ人を買って出て、ライバルである鷹岡の勘介一家に乗り込んで、丁半博打で勝負をし、金をたんまりと巻き上げてくる。それがもとで、一家同士の闘争に火がついてしまう。賢明な次郎長は一計を案じ、密かに三五郎と石松を清水から追い出す形で逃がしてやるのだが、旅の途中、一家の危機を知った二人は清水に舞い戻る。ここまで物語の半分は過ぎている。

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石松は一杯飲み屋の「ひさご」の女将お蝶(団令子)に密かに想いを寄せている。いったんは清水を出るが、自分が立派になって戻ってくるまで待っていてくれとお蝶に頼む。お蝶は亡くなった父親からヤクザ者とは夫婦になってはいけないという遺言を託されていたため、石松からの求婚を断ってしまう。しかし、お蝶は次郎長のおかみさんから石松を追いかけるように勧められる。これは古い封建主義的な考えに囚われてはいけないというメッセージだろう。

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このあたりは本筋とは大きく関わる話ではないが、クレージーの他のメンバーの出演シーンとして楽しめる。ハッタリの剣の腕を買われて、敵討ちの助太刀を頼まれる三五郎。

田崎潤演じる剣豪の横山隼人は、三五郎と話し合いをして大げさに立ち振る舞うことで、自分たちがより一層強い者であるかのように見せかけ、お互いの価値を上げようという取引をする。こういうヤラセもまた当時の時代背景を映す鏡になっているようにも思える。幸運も手伝って、三五郎は剣豪を倒す役目を果たす。

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石松との再会を果たすお蝶。加山雄三の『若大将』シリーズの「アンパン」(団令子)がなぜか可愛く見える。

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次郎長は、敵の一家と対決を子分たちに宣言する。ハナ肇が凛々しく見えるから不思議だ。

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無用な闘争に巻き込まれたくない三五郎は「しがらみ」に囚われない「無責任」な生き方を石松たちに説くが、忠義を重んじる石松に感化され、考えを改め、次郎長一家の助太刀に向かう。もっとも「無責任」そうな三五郎が、もっとも責任感が強いというのが強烈な皮肉になっている。

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組同士の抗争が始まった直後、三五郎が仲裁に入る。いったんは草鞋を脱いだ次郎長一家の助太刀をするのかと思いきや、三五郎は自分を人身御供にして抗争をやめるように説得するのだ。親分たちは、三五郎の仲裁案を飲んで、抗争を中止する。これは非常に政治的なシーンである。

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棺桶に入れられて、川に放り込まれる三五郎。映画の中で、このシーンがある前に、何度か、三五郎が川に落ちるか、放り込まれそうになるかというシーンが繰り返されるため、このシーンは安心して見ることができる。

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抜け身の術を使って、棺桶から脱出した三五郎が、自分の葬式が行われているところに舞い戻ってくる。この後もコミカルなシーンが続いて、ハッピーで、クレージーな終わりを迎える。

三五郎による「仲裁」は、時代背景を考えると非常に象徴的なものに映る。太平洋戦争後、アメリカがソ連との代理戦争として相次いで起こした朝鮮戦争(1950年 - 1953年)やらベトナム戦争(1955年 - 1975年)やらを遠巻きに見る日本の立場を背景に据えて考えてみると、三五郎の役回りは、まさに日本の置かれた立場そのものに見えてくる。その姿勢は一見「無責任」に思えるかもしれないが、実のところ、重要な役目を担う可能性を持っている。日本はアメリカの子分として人殺しの手伝いをするのではなく、武力を使って激突するだけしか脳のない奴らの頭を冷やすために(三五郎が何度も水をかぶるのは象徴的だ!)、頭と口を使って仲裁することこそ、「責任」を果たすということなのだという裏メッセージが隠されているように思える。

それにしても、この作品のように、カラっと明るい作品は、なぜかいま日本では作られなくなってしまった。我々は、どこでどう間違ってしまったのだろうか。我々は今こそ『無責任』シリーズを観て、「責任」の意味を捉え違えてしまった自分たちのクレージーさを反省しなければいけない。

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ジョシュア・マイケル・スターン監督、『スティーブ・ジョブズ』(2013年) [映画]

スティーブ・ジョブズ (2013年の映画) - Wikipedia

アップル・コンピューター(現アップル)の創業者の一人であるスティーブ・ジョブスが、スティーブ・ウォズニアックら仲間たちとガレージでコンピュータ作りを始める。彼らの試みに関心を抱いた投資家のマイク・マークラの支援を受け、アップル・コンピューターは人気の企業へと成長する。しかし、マイクは経営陣の方針に味方し、ジョブスを裏切り、ジョブスは自分が創業した会社から追い出されてしまう。その後、ジョブスを追い出したアップルの株価が暴落してしまう。暫定CEOに戻ったジョブスは、マイクを含む旧経営陣を解雇し、復讐を果たす。

伝記映画にありがちな焦点を欠いた散漫な構成に陥っているが、主眼は、ジョブズが自分が起業した会社を他人に奪われるという屈辱的な場面だろう。そこをじっくり丹念に描いてくれれば、この作品はもっと良かったと思う。中心軸がグラグラしているので、単にスティーブジョブスの独善的で狂気的な側面ばかりが強調されてしまっている気がする。

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家庭用パソコンの試作品を披露するスティーブ・ウォズニアック(ジョシュ・ギャッド)の才能に驚くスティーブ・ジョブス(アシュトン・カッチャー)。

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投資家のマイク・マークラ(ダーモット・マローニー)。彼がいなければ、いまのアップルはなかった。

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好評を博すアップルIIの発表会

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最初のマッキントッシュであるMacintosh 128K。取締役会の意向で、価格を抑えるためにメモリの性能の低いものを選んだことが失敗の原因。

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取締役会の決定で、自分が創立した会社から追い出されるスティーブ。アップル・コンピューターを創業したときからのパートナーであった投資家のマイクに裏切られる。

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精神的なショックを癒やすために、実家のガレージに戻るスティーブ。血のつながりのない育ての父親との深い心の交流が生まれるシーン。

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解雇された後、ジョブスは一時、NEXTという会社からパソコンを出すが鳴かず飛ばずの状態。

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ジョブスが追い出されてからの、アップルの株価はどん底。救世主として、ジョブスは当時のCEOギル・アメリオによってアップルに引き戻される。そして、自分を裏切ったマイクと再会する。

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ここで、ジョブスはジョナサン・アイブと出会う。ジョナサン・アイブはその後のアップルのコンピュータのデザインを作ったデザイナー。これはiMacの原画。復帰以後、スティーブは積極的に自由な発想を会社に取り入れる。

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非常勤顧問として復帰したスティーブは、実権を握るために画策して暫定CEOになり、自分を裏切ったマイクを会社から追い出し、復讐を果たす。

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ものの見方、考え方を変えることを重視するアップルのコンセプトを語るスティーブ。我々はクレージーなことを天才だと見なすという言葉にしびれる。

私自身、ここ数年、自分の人生の転機について考えているところなので、自分が作った会社から追い出されるスティーブ・ジョブスの心の傷と、自分がやろうとしていたことを、株主や経営の都合で、中止させられるような経験の描写が、深く心に突き刺さった。

スティーブ・ジョブスのように成功することは、凡才の私にあり得ないが、しかし、彼のようにクレージーに考えることは可能だ。このえいがのお陰で少しだけ勇気をもらうことができた。

年をとると、新しいことができなくなる。どんな仕事に就いていても、いつのまにか役人のようになっていく。たいていの人は、黒澤明監督の『生きる』(1952年)の前半部分での志村喬のような「生ける屍」になるものだ。志村喬は最後には、自分の夢(住民を幸せにするという夢)を叶え、「死んで生きる存在」になるのだが、私もそんな人間になりたかった。



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ジョン・ファヴロー監督『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』(2014年) [映画]

自分には才能があると思っているけれども、環境のせいでその能力が発揮できていないとお嘆きにあなたに、ぜひとも見ていただきたい作品がある。それはジョン・ファヴロー監督作品『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』(2014年)だ。

主人公のカール・キャスパー(ジョン・ファヴロー)は、ロサンゼルスの一流レストランのシェフ。オーナーのリーバ(ダスティン・ホフマン)は、カールの独創性を活かすことなく、ひたすら定番料理ばかり作らせる。そんな折、有名な料理ブロガーのラムジー・ミッシェル(オリヴァー・プラット)がやってきて、自身のブログでカールの料理は新鮮味がないと言って酷評する。それを知ったカールはツイッターでラムジーに喧嘩を売って大炎上。カールは、ラムジーを店に呼んで、自分が考えた料理を食べさせてやろうとするのだが、頑固なオーナーのリーバはカールに定番料理を作るように命じる。とうとうカールは堪忍袋の緒が切れて、店を出ていってしまう。しばらくしてから、店に戻ってきたカールは、ラムジーに直接怒りをぶつける。

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そのやり取りがYouTubeにアップされ、ウィルスのように拡散してしまう。結果、カールを雇ってくれるレストランは一軒もなくなり、カールは無職となる。

意気消沈したカールに勇気を与えるのが、レストランの美人ウェイトレス。演じるのはスカーレット・ヨハンソンだ。カールは妻と別れた後、彼女といい関係になっている。なんとも羨ましい。監督の役得だぞ、こりゃ。

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もう一人、カールを励ましてくれるのは、元妻のイネズ。美人。コロンビアの女優らしい。いい加減にしろ、ファヴロー!

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カールは、イネズの最初の夫であるマーヴィン(アイアンマンのロバート・ダウニー・Jr)を頼ってフロリダへと向かう。彼はマーヴィンからオンボロのフードトラック(移動販売車)を購入する。夏休み中の息子のパーシーに手伝わせ、そのトラックを掃除し、設備を揃え、メキシコ料理を販売しながら、フロリダからロサンゼルスへアメリカ横断の旅をする計画を実行に移す。

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そこに、カールの元部下であるマーティンも合流する。三人は旅を始める前にまず、トラックに調理器具を積み込む作業を手伝ってくれたキューバ人の移民労働者たちに、キューバ風のサンドイッチを振る舞い、彼らの反応を見る。

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三人は、キューバ人たちの満足そうな様子を見て自信をつける。

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カールは息子のパーシーにサンドイッチを焼く作業を任せる。パーシーはうっかりサンドイッチを焦がしてしまうのだが、どうせただで配っているだけなのだから、彼らに食べさせてしまえと生意気なことを言いだす。カールは、それは聞き捨てならないと言って、息子にたっぷり説教する。ここはなかなかいいシーンである。

「お父さんは、誰かが自分の料理を食べて喜んでくれることが人生の最大の楽しみなのだ。その楽しみを奪うとはどういうことだ!」

要するに、人間はお金を稼ぐために仕事をしているのではない。その仕事が自分を楽しませてくれるからこそ、仕事をするのである。お金はもちろん大事である。しかし、人はお金を稼ぐために働いているのなら、お金は貯まる一方だ。貯まっても使わなければ、何も楽しくない。稼いだお金を何かに変えて、自分や自分の愛する人たちが幸せになるように使うのだ。そのために働いているのだ。

これは私の持論である。今日も同じような話を学生の前でしてきたばかりなので、キャスパー親子の会話は腑に落ちるところがあった。

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この後、三人は、ニューオリンズとテキサスで、その土地の食材を活かした料理をお客にふるまって、最終目的地である本拠地のロサンゼルスへと向かう。その間、いまどきの子供であるパーシーがTwitterやFacebook、VINEなどを使って、フードトラックの宣伝をし、土地土地で彼らの料理は大いに人気を博す。

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その情報を聞きつけた、有名ブロガーのラムジーが、お忍びでカールの屋台料理を食べにきて、大絶賛する。ラムジーは自分のブログを売って儲けたお金を使ってロサンゼルスの繁華街にレストランを購入したので、そのシェフにならないかとカールに申し出る。

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カールは、その申し出を受け、犬猿の仲だった二人は共同で仕事を始める。カールと元妻の関係もヨリが戻りそうな気配。息子と三人で暮らし始めるのかどうかは明確ではないが、それがほのめかされているのも後味がスッキリしていていい。

カールが作る料理はみな非常に美味しそうだ。この映画の本当の主役はやはり料理かもしれない。あまりにうまそうなので、料理好きだったら、何度も料理のシーンで一時停止ボタンを押して見入ってしまうはずだ。私自身も、視聴中に、何度もよだれを垂らしそうになった。ニューオリンズのフレンチ・クオーターにあるカフェ・デュ・モンドのベニエ(四角いドーナツ)やキューバ風サンドイッチを機会があったらぜひとも食べてみたい。やはり、私のブログのサブタイトルではないが、人生には美味しいものと物語が絶対に必要だと思う。

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ネタバレ [映画]

町山智浩がシャマラン監督最新作のネタバレをしたと炎上…ネタバレを過剰に責める風潮は「批評の自由」を奪う!|LITERA/リテラ

文学研究者はみなネタバレを前提にしており、結末を明かさないなどという作法とは無縁である。

一方、映画評論家は、宣伝マンと研究者の中間くらいのポジションなので、関係者と観客の両方が納得するような地点を見極めるのは難しいようだ。

ジェイムズ・キャメロン監督、『タイタニック』(1997年) [映画]

タイタニック (1997年の映画) - Wikipedia

授業でシナリオを読んでいるので、予習しながら見ています。

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タイタニック号の内部では、蒸気機関を動かす火夫(かまたき)が頑張っていた。

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これは例の有名なシーンの伏線。

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タイタニック号の後ろ姿。人間の手で作られた動くのものの中で最大のものとのこと。

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アイルランド人の青年が、タイタニック号を15000人のアイルランド人が作ったという話をしているところ。

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ジャック・ドーソン(レオナルド・ディカプリオ)が船尾から飛び降り自殺をしようとしているローズ・デウィット・ブケイター(ケイト・ウィンスレット)を救う場面。いっしょに飛び込むのは水が冷たくて辛いだろうなと言って説得する場面。これもラストシーンの伏線になっている。


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ケン・アナキン監督、『バルジ大作戦』(1965年) [映画]

バルジ大作戦 - Wikipedia



第二次世界大戦末期のバルジの戦いを描いた作品。実際の戦いとはだいぶ違っているらしい。ロケ地もスペインだし、撮影に使われている戦車も別物。偶発的に起こった「マルメディの虐殺」も計画的なものとして描かれているし、その他のエピソードもフィクションばかりとのこと。だが戦車隊の激闘が見ものだし、ストーリーは漫画みたいでけっこう面白い。

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戦車隊を指揮するヘスラー大佐を演じるのは『サブウェイ・パニック』(1974年)のロバート・ショウ。

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アンレーブ陥落。

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ヘンリー・フォンダ扮するカイリー中佐の乗る偵察機が、霧の中で進軍する戦車隊を発見し、本部に報告した直後、撃ち落とされてしまう。

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ヘスラーは部下に、戦争のために戦争をしているだけだと見抜かれる。国民を守るための戦いではなく、国民を兵士にするための戦争だと。ヘスラー大佐の言動は安倍総理を彷彿とさせて、背筋が凍る。

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最後は、アメリカ軍の燃料を奪いにやってきたヘスラーらをヘンリー・フォンダたちが撃破して、めでたしめでたし。

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佐藤純彌監督、『君よ憤怒の河を渉れ』(1976年) [映画]

君よ憤怒の河を渉れ - Wikipedia

杜丘冬人(高倉健)は、ある日突然、身に覚えがない強盗傷害事件の容疑者にされてしまう。だが、東京地方検察庁刑事部検事として働く杜丘(もりおか)は、自ら冤罪を晴らすために、事件の黒幕を探し出す旅に出る。彼は、ある代議士の自殺を他殺ではないかと疑っていた。それがこの事件の鍵を握っていることが次第にわかってくる。実は、真相解明を恐れた事件の黒幕が裏で手を回し、杜丘を犯罪者に仕立てようとしていたのだ。

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事件の真相を解明しようとして北海道に飛んだ杜丘は森の中でくまに襲われそうになっている遠波真由美(中野良子)を救い、恋仲になる。彼女の父親は、本州に戻って事件を秘密裏に操作しようとする杜丘にセスナ機を与え、操縦方法を教えてやる。

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杜丘を追う警視庁捜査第一課・矢村警部(原田芳雄)と杜丘の上司である検事正の池部良。二人は、当初事件の黒幕と関係があるのではないかと思わせる演出になっているのだが、実際は何の関係もない。

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杜丘逮捕の直接のきっかけになった男(田中邦衛)が精神病院に入っていることを突き止め、自らも精神分裂病患者に偽装し、入院する。だが、事件の黒幕と深い関係にある院長によって、杜丘は自分で考える力を奪う薬を飲まされ、自殺を強要される。

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杜丘は面会に訪れた真由美(中野良子)に薬の効き目を無効にするために飲んでいた下剤を渡し、自分の状況を伝える。真由美は矢村警部(原田芳雄)にその薬の分析を依頼し、それをきっかけに、一気に事件が解決に向かう。

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杜丘は、この大胆な潜入捜査によって、事件の黒幕が代議士の長岡了介(西村晃)だったことを突き止める。

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そして、最後に、杜丘は矢村警部(原田芳雄)たちとともに長岡了介(西村晃)の自宅に乗り込み、長岡を自らの手で射殺するのだ。

杜丘の口から発せられる「追われる立場になっても、追う立場にはなりたくない」や、「法律のみで人を裁くことはできないのではないか」というセリフが印象に残る作品として記憶されているようだが、取ってつけたようなセリフなので、私にはいまひとつピンとこなかった。

ラストのリンチ(私刑)のシーンは、クリント・イーストウッドのダーティーハリーシリーズを髣髴とさせるところがあるが、むしろ、高倉健と池部良のコンビのマキノ雅弘監督作品『昭和残侠伝 死んで貰います』(1970年)を意識しているのかもしれない。

この作品は中国において最初に公開された日本映画ということで大ヒットしたという。しかも、冤罪が氾濫していた時代の中国人にとっては、自分のことにように思われたのかもしれない。身に覚えがない罪で犯罪者扱いにされるという話は、もはや対岸の火事ではない。民主主義を破壊し、立憲君主制を復活させ、日本を全体主義国へと変貌させることを追求する安倍政権が復活させようとする「共謀罪」を考慮に入れると、北朝鮮の金正恩政権に近似した安倍政権を打倒することが喫緊の課題のように思われる。


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エイドリアン・ライン監督、『フラッシュダンス』(1983年) [映画]

フラッシュダンス - Wikipedia

映像としては、MTVのような撮影方法を駆使しているところが斬新なのだけれど、物語としてはあまりに陳腐。

主人公のアレックス(ジェニファー・ビールス)はバレエダンサー志望で、昼は製鉄所で溶接のアルバイト、夜はバーでダンサーのアルバイトをしている。ある晩、たまたま製鉄所のボスであるニックがバーを訪れ、アレックスに一目惚れ。それから彼女に猛アタックをし、ある事件をきっかけに二人は交際を始める。ニックはアレックスの夢を叶えてやろうと、自分のコネを使って、バレエの学校の書類選考を通過させてやる。だが、ニックが自分のために手を回したことに怒りを覚えたアレックスは、一度夢を諦めてしまう。しかし、周囲の人々の励ましや、恩人の死などによって、アレックスは立ち直り、自らの力で実技試験に合格し、入学を許可される。この縦筋に、いろいろどうでもいいエピソードが挟まされるというストーリーになっている。

ジェニファー・ビールス扮するアレックスの態度や考えが最後まで子供っぽく見えてしまって、なかなか共感するところまで行かなかった。


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Sunny Johnson - Wikipedia

アレックスの友人のジェニーを演じたサニー・ジョンソンは、この映画の公開の翌年に30歳で亡くなっている。ジェニーはプロのスケーターを目指すが挫折してストリッパーになってしまうという夢が叶わない側の役柄だ。彼女は、友人とシェアしていた部屋で意識のない状態で発見され、その後、回復の見込みがない脳死と診断され、家族が安楽死を受け入れたとのこと。現実でも夢が叶わなかったというのは、実に悲しい話である。

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ブライアン・ヘルゲランド監督、『42 〜世界を変えた男〜』(2013年) [映画]

42 〜世界を変えた男〜 - Wikipedia

これはメイジャーリーグ初の黒人選手であるジャッキー・ロビンソンの壮絶な戦いを描いた作品である。物語はわかりやすい。主人公が周囲の人々に協力を得ながら、困難を乗り越え、そして周囲の人々を変えていくというものだ。ちなみに、タイトルにもある42という数字は彼の背番号で、永久欠番となっていることは非常に有名であり、野球に詳しくない私でも知っているほどだ。

黒人差別は南北戦争やインディアンの虐殺と並んでアメリカのトラウマの一つだ。NHKの朝ドラが太平洋戦争を執拗に描き続けるのと同じように、アメリカは黒人差別を形を変えながら描き続けている。

ストーリーはあまりに単純なので、ここではあらすじを追わず、肝となるセリフだけ集めてみた。

以下の3枚は、ブルックリン・ドジャースのGMであるブランチ・リッキー(ハリソン・フォード)が、ジャッキー・ロビンソン(チャドウィック・ボーズマン)に向かって、まるでキリストのように戦えと訴えかけている場面だ。

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ドジャースの一員になったジャッキー・ロビンソンは、マウンドで敵の監督にさんざん罵倒され、心が折れそうになる。

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しかし、ブランチ・リッキー(ハリソン・フォード)は、彼に耐えるように求め続ける。愚かな白人と同じ土俵に乗ってしまえば、ジャッキー・ロビンソンの戦いに、人種差別からの解放への希望を見出している黒人たちを失望させることになってしまうからだ。ジャッキー・ロビンソンは、自分のためだけに戦っているのではなく、黒人たちやチームのメンバーのためにも戦っているのだとGMは諭す。

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敵チームの監督の吐く罵詈雑言のひどさに激高したチームメイトが食って掛かるシーン。肌の色は違えども、ともに戦うメンバーを罵倒するのは許せねえ、という態度が初めて示された瞬間である。

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罵倒や脅迫に耐えるジャッキー・ロビンソンの戦いに共感を覚えるようになったチームメイトたちが、彼の勇敢さを称え、彼を自分たちの仲間として認めるようになっていく。

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GMは、白人の中にも、ジャッキーに感化され、彼を崇拝する者が出てきている事実を伝えるシーン。

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なぜ、自分をドジャースに入れたのかというジャッキーの質問に、これまでお金のためだと答えていたGMは、人種差別に勝利するためだと格好良いことを言い出す。

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GMはジャッキーが再び野球を好きにさせてくれたから、彼を応援するのだと言って、ある思い出話をする。そこはネタバレになるから書かないでおく。

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余談になるが、私がオリンピックのような国別の大会を見るが大嫌いなのは、日本のメディアが日本の選手ばかり取り上げるからである。日本人なら、日本の選手に興味があり、日本人選手を応援するのが当たり前であるかのように報道されるのを見ていると、次第にムカムカしてくるのだ。私はそのスポーツの素晴らしさ、選手の技術の高さ、選手たちの持つ物語などを知りたいのだが、日本が勝ったとか、惜しくも負けてしまったとか、そんな話ばかりされると、どんどん醒めてきてしまうのだ。純粋にそのスポーツが好きな人は、国籍のみで、応援するかどうかを決めているわけではないはずだ。私みたいな物の見方をする人間がまるで存在していないかのようになっていることを思い知らされるから、私はスポーツ番組は見ないようにしているのである。



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黒沢清監督、『トウキョウソナタ』(2008年) [映画]

トウキョウソナタ - Wikipedia


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東京在住のある家族が父親のリストラによって、よりいっそうバラバラになる。父親は自分の権威を守るためと称して最後まで子どもたちにはその事実を明かさない。

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タニタの総務部長まで上り詰めた佐々木(香川照之)はある日突然解雇されてしまう。(たしかに、2008年頃 [安倍退陣後の福田、麻生の政権時代] というのはそういう時代だった。)家族にはその事実を打ち明けられないまま、毎朝仕事に行くふりをしながらハローワークに通う日々が続く。何度か通うちに46歳では新たに同じような職を見つけることはできないことを思い知らされる。

このシーンのサラリーマンはみな、自分が失業中であることを家族だけではなく、周囲の見知らぬ他人にも隠して暮らしているらしい。

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佐々木はホームレスのための炊き出しで、旧友の黒須(津田寛治)に再会。佐々木もまた数ヶ月もの間求職状態で、その事実を家族に打ち明けられないまま、仕事をしているふりをして生きていた。

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佐々木の家では、父親が食べ始めるまで、家族はじっとおあずけ状態を保つ習慣がある。佐々木は父親の権威を守るために、古い価値観を家族に押し付けている。しかし、佐々木はリストラの後、自分が守ろうとしている権威によって、逆に自分自身が押しつぶされそうになっている。

階段が家族の間に引かれた境界線を象徴している。また、子どもたちそれそれの部屋にも境界線が引かれ、親は勝手に越境してはいけない約束になっているらしい。4人とも心がまったく通じ合っておらず、それぞれが秘密を抱えて暮らしている。

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黒須は、自分が無職の身であることが家族にバレているかもしれないと感づき、わざわざ佐々木を家に呼び、夕食を振る舞い、妻子の前で上司と部下の会話を演じる。佐々木家とは違い、妻は夫の隣に座っている。(ちなみに、我が家は佐々木家と同じ配置だ。)この後しばらくして、黒須夫婦は一人娘を残して無理心中をしてしまう。ちなみに、黒須の娘は朝ドラの『花子とアン』や『まれ』でブレイクした土屋太鳳だ。もしかすると『トウキョウソナタ』が映画のデビュー作だったのかもしれない。

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自宅の玄関に入る前に、父親の顔を作ろうと腐心する佐々木。私もたまに佐々木と同じことをする。お父さんの哀愁を感じる。

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佐々木の妻(恵)を演じるのは小泉今日子。「誰か引っ張って」という彼女の心の叫びが夫の耳には届かないのが切ない。

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恵は、夫がホームレスの炊き出しに並んでいるところをたまたま目撃してしまう。しかし、恵は夫の権威を守るために、見て見ぬふりをして暮らし続ける。

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ショッピングセンターの清掃の仕事を得た佐々木は、ある日トイレで札束を拾う。

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そのままネコババしようとしたところで、佐々木はばったり恵に出くわす。

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ここで、佐々木が恵とショッピングセンターで偶然出会う3時間前に時間が遡る。実は、佐々木家に入った強盗(役所広司)によって、恵は誘拐されていたのだ。包丁を突き立てられながら、免許取りたての恵が運転させられるのは、数日前に彼女がディーラーで物色していたプジョー206CCというコンバーティブルだ。

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その後、恵は強盗に脅されながら、あてもなくクルマを走らせる。途中、ショッピングセンターでトイレに立ち寄らせてもらい、強盗の分まで食料を買い込む。そして、誰にも助けを求めることなく、そのままクルマに戻ろうとする。そのときに、恵は夫に出くわすのだ。そのとき夫は慌てて「違う、違う」と叫びながら走り去ってしまう。恵は何事もなかったかのように、強盗の待つ駐車場に戻りクルマに乗り込む。「こんなに遠いところまで来てしまったら、もう元には戻れない」と言って、二人で海までドライブを続ける。

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恵は、プジョー206CCの屋根を開放して走り出す。「屋根がない」状態は、自分を守ってくれる人が自分以外にはいないということを象徴している。これまで家庭に閉じ込められていた一介の主婦が、これによって生まれ変わることが予兆されている。

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行き着くところまで来てしまった二人。その後、番小屋で一晩過ごす。作品中、明確には描かれていないが、恵は強盗に体を許したらしい。強盗は罪に罪を重ねたことを後悔する。しかし、元職が鍵屋だった強盗によって、恵の心のドアが開いたのかもしれない。

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魔が差した佐々木は、札束をネコババし、自宅に向かって走って逃げている途中、自宅近くでクルマにはねられてしまう。彼は、朝、パッと目を覚まし、立ち上がって自宅に向かって歩き始める。

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月明かりの下で、恵はひとり海水に体を沈める。それぞれのシーンは、夫婦は二人とも一度死んで、ここから再生することが象徴されている。

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一方、次男の健二(井之脇海)は、家出をした友人に感化され、青森行の夜行バスに無賃乗車しようとする。しかし、警察に捕まり、留置場で一夜を過ごす。これもまた彼の再生になっている。ちなみに、井之脇海は、朝ドラの『ごちそうさん』で、主人公の杏の弟を演じていた俳優だ。

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翌朝、恵が小屋で目を覚ますと、強盗はクルマごと海に入って自殺をしていた。恵もまた何事もなかったかのように、強盗が物を散らかした家に戻ってくる。

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恵は、先に戻ってきていた次男にもことの一切を話さず、静かに朝食を摂る。そこへ、怪我をした父親が作業着をまとったまま帰ってくる。次男に「変な格好」と言われるが、彼もまた何事もなかったかのように、一緒にごはんを食べ始める。

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アメリカ軍の傭兵となった長男は戻ってこない。相変わらず、家族には会話らしい会話はない。

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佐々木は、朝食の後、職場のショッピングセンターに戻り、ネコババしようとしたお金を遺失物を入れるポストに入れ、いつもと同じように清掃の仕事をする。これによって、佐々木は自尊心を保とうとしたのかもしれない。

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ピアノの才能を突如開花させた次男は、数ヶ月後、音楽を専門に学ぶ私立中学の実技試験を受ける。そこでドビュッシーの「月の光」を情感たっぷりに奏で、大人たちに深い感動を与える。

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会話はないけれど、さまざまなつらい経験を経てきた家族には、言葉では伝わらない何かがしっかり伝わっているのを感じるエンディングだ。家族はバラバラだけれども、どこかで緩くつながっているようだ。

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演奏を終えた次男を両親がステージに迎えに行く。このシーンは、夫婦が次男の才能を認めることで、佐々木家が結束するかもしれないことを予兆している。

この作品は、個人的には、傑作だと思う。この作品を見たのは、実はこれが2度目だ。非常に細かい所に気を配った演出になっており、見返すたびに、気づかされるところがある。クルマの使い方もいいし、音楽の使い方もいい。香川博之や小泉今日子の演技も秀逸だし、二人が毎日同じ格好をしているのもいい。作品を見た後に、誰かとそれについてじっくり語り合いたくなることは実のところあまりないのだが、この作品は一晩中でも語り合いたくなる作品である。

あらすじに解説しなかったが、アメリカ軍の傭兵になった小柳友扮する佐々木家の長男の会話も興味深い。政治的なメッセージがなかなか深い。

小柳友は、「日本はアメリカ軍に守られているのだから、日本を守るためにはアメリカ軍に協力するしかない」と言ってアメリカに旅立つ。彼は、「お父さんは家族を守ると言っても何もしていないじゃないか」とか「世界中の人々を幸せにするために、俺は戦うんだよ」とか、若者らしいことを父親に向かって言い放つ。それに対して、失業中の父親は、「俺はそんなことは絶対に許さん。お前は日本でできることをしろ」と言い返すことしかできない。

長男のバイト先の友人の言葉もまた興味深い。「大地震が来ないかなあ。何もかもがめちゃくちゃになったら、俺が総理大臣になって、ノーヘルでバイクを運転できる法律を通すんだけどなあ」とか。この映画の公開から3年後に、東日本大震災に襲われるのだけれど、その後首相になったおぼっちゃまくんはノーヘルでバイクを運転できる法律を通すどころか、憲法解釈を大きく歪めて、丸腰の状態で自衛隊を激戦地に送り込みアメリカ軍の手伝いをさせ、さらに、戦前戦中の治安維持法のような「共謀罪」を復活させ、自分たちの思想に反する者を片っ端から政治犯として刑務所にぶち込む準備をしている。それを考慮に入れると、よりいっそう示唆的な作品に思えてくる。

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