So-net無料ブログ作成

ドラレコを買い替えたほうがいいのかな [物欲]

DB POWER 12MP - YouTube

以前、DB POWER 12MPという5000円以下で買える激安アクションカメラを、ドラレコ代わりに買おうかなと書いた。しかし、YouTubeに上がっている動画の画質を見ると、わざわざ買うほどのものではないようだ。





現在使用しているドラレコだと、前方のクルマのライセンスプレートの数字を確認することは難しいこともあるので、何か遭ったときに、若干の不安がある。

それよりもなによりも、駐車している最中に、撮影してくれないというのが最大の不満だ。最大の不安は駐車中に当て逃げされること。

いずれにせよ、アクションカメラはいまのところ必要がないので、ドラレコを高性能なものに買い替えたほうがいいかもしれない。いますぐにではないけれど。

もしいま買い換えるなら、たとえば、アーキサイトのX-RUN M7(型番:XR-DRM7)あたりがよさそうだ。フルHD画質をさらに上回る超高解像度のWQHD 1440P(2560 x 1440)で、400万画素の録画が可能とのこと。 フルハイビジョン(Full HD)の1.8倍の高精細だ。

夜間に強い!高画質高解像WQHDドライブレコーダー X-RUN M7 | FREETEL会員様限定!

YouTubeに上がっている動画を見ると、画質のレベルがまったく違う。





X-RUN M7 夜 ドライブレコーダー比較 - YouTube

ドライブレコーダーの比較 動画のクリアさ 2017 - YouTube

「入門用」という言葉が気になる [雑感]

私が購入するものは、「入門用」という言葉で形容されるものが多い。

3000円以内のブルートゥースのイヤホンを探していたら、レビューには、どれもこれも「入門用にはよいかもしれない」などと書かれている。

あのねえ。

私は3000円から入門して、1万円台のイヤホンなんて一生買うつもりもないので、何年経っても入門したての人間のまま一生を終えそうだ。

要するに、彼らは「入門用」と言いながら、気軽に買える安物だと言いたいのだろう。

誰に遠慮をしているのかわからないが、こういう無意味な婉曲表現を使う人は本当に気持ちが悪い。

私なんぞ、パソコンもスマホもプリンタもクルマも何もかもがいつも入門用だ。インターネットの黎明期からパソコンに触れていても、いつまでも入門者扱いのまま。「入門用」なる表現は失礼極まりないと思う。いくら敬語が上手に使えても、それこそ慇懃無礼というものだ。

はっきり、「貧乏人向け」とでも書いておけ、コラ!

フランスの子は勉強の際に「鉛筆」を使わないらしい [雑感]

フランスの子は勉強の際に「鉛筆」を使わない | 学校・受験 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

フランスでは、小学生のうちからボールペンを使い、「鉛筆と消しゴム」は使わないという。小学校の高学年から中学生になると、万年筆を使い始めるそうだ。

この習慣は、フランスで教育を受ける人々に「過去は消せない」「やり直しがきかない」というアイデアを植え付けると膚科専門医の岩本 麻奈氏は分析している。

岩本氏は、日本のように「鉛筆と消しゴム」を使っていると、グローバルな流れに置いていかれてしまうと言っているが、この習慣はフランス独自のものだから、グローバリズムとは無関係だ。こういう言いがかりは止めてほしい。

それはともあれ、消すことができないボールペンを使わせるというアイデアは非常によいことだと思う。私も、鉛筆やシャーペンを使う習慣をとうの昔に捨ててしまい、ボールペンを愛用している。一時はフリクションボールペンを使っていたが、手の熱で消えてしまうので、使わないことにした。実は老眼なので、ボールペンを使わないと、自分で書いた字が見えないのである。

ボールペンを使うと、一度書いたものは絶対に消せないという意識が働く。衝動的に書いてしまうと、ノートが誤字脱字や訂正だらけで、汚くなってしまう。フランスでは、ノートをきれいに書いてあると、それだけで20点満点中2点ももらえるという。こういうことが、字を真剣に書くという習慣を身につけさせ、一瞬一瞬を大切にするという心構えにつながるのだと思う。日本の政治家の中には、失言をしても、「撤回したから、問題ない」なんて馬鹿なことを言う者が多いが、フランスではありえない話なのだろう。

日本では、誰が決めたのかわからないが、小学生に2Bや4Bの鉛筆を強制的に使わせている。憲法や法律で決まっているわけでもないのに、必ず鉛筆を用意するようにと命令されるのが不思議でならない。鉛筆を使わせていると、教室が消しゴムのカスだらけにななる。ゴミが増えれば、掃除が大変になるし、環境にも悪いのだから、いい加減そういう習慣は捨てたほうがいいかもしれない。

学生の中にも、レポートにたっぷり消しゴムのカスをつけたまま提出する者がいて、ときおり腹が立つ。子供の時に身につけてしまった習慣は、そんなふうになかなか「消せるものではない」のだろう。




日本のイノベーション [雑感]

Japanese inventions that changed the world

「日本人はモノマネばかりしている」と日本に暮らす人々の多くは思い込まされている。しかし、真実は違う。

日本に暮らす人々は、これまで実に多くのものを発明し、また世界の人々の暮らし方を変えてきた。日本はガラパゴスだ、世界標準に合わせろなどと言って、自らを卑下するまったく必要はない。

このサイトに示されているように、小説やカラオケ、電卓、VHS、LED、絵文字だけではなく、自撮り棒やカーナビ、ラップトップPC、3Dプリンタ、そして空母(航空母艦)まで日本人の発明だった。

日本列島に暮らす人々は、笑っちゃうくらいすごい人たちだと思う。無論、政治家はどうしようもないクズしかいないけれど。


虎の威を借りる「独裁者」安倍 [雑感]

都議選の「安倍やめろ!」は尋常ではなかった | 国内政治 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

しかもこうしたプラカードを持った何人かは、自民党が配布した日の丸をも持って振っていた。「左翼」と分類しきれない人たちが「反安倍行動」に参加していたということになる。


アメリカでは、横暴な政府を批判する際に、一般市民が星条旗を振りかざすことがよくある。アメリカの自由と平等を重んじる精神を軽んじるな、憲法を守れという意味だ。保守というのはそういうものである。日本独自の文脈において、右翼は保守で、左翼はリベラルという思い込みがあるが、それはファンタジーである。

首班の安倍を「主犯」とする「保守」は、「対米従属」を守るだけの自称「保守」である。敗戦を認めたくないために、アメリカと仲良しを装い、「偽りの独立」を享受しているだけなのだ。歴代の自民党の首班もまた、アメリカに媚びへつらいながら、国民を恫喝することで、強力なリーダーを装って生き延びてきた。しかし、国際的な文脈から見れば、そんな奴らはただの「ヘタレ」である。近頃は、ネトウヨさえも、そんなヘタレを見限ってきている。

世界的な文脈におけいて、安倍自民党は「保守」には値しない。保守というのは、憲法の理念に忠誠を尽くすものであるからだ。安倍はその憲法を破壊しようとしている。言わずもがなだが、日本国憲法は、日本人に主権在民、三権分立を基本とする民主主義を教えた(与えた)ものだ。それを破壊しようとするのならば、ナショナリストの名にも値しない。虎の威を借りる「独裁者」である。

「安倍辞めろ!」コールに籠池理事長まで登場、安倍首相の都議選応援演説が大変なことに | BUZZAP!(バザップ!)

安倍自民党は、日本に暮らす人々を不幸にするゆえに、地獄に堕ちるべきである。

安倍は、自民党こそが日本を守る責任を果たす唯一の党であると自負するが、実際のところ、何の責任も取っていない。むしろ自民党こそが、日本人を不安に陥れてきた張本人である。

北朝鮮の脅威に対応できるのも自民党だというつもりらしいが、むしろ脅威を煽りながら、国民から自由を奪い、監視状態に置こうとするのが自民党と公明党と維新の会である。

北朝鮮が核開発を行い、ミサイルを日本海に向けて発射するのは、北朝鮮と韓国を分断する38度線がいまだにアメリカとロシアの冷戦構造を引き継いだ前線となっているからである。日本は、その事実をあまりに軽視しすぎている。一方的に北朝鮮を悪の枢軸のように印象操作をしているのはアメリカであるが、その尻馬に乗って、「北朝鮮を潰せ!」などと単細胞な芸能人に言わせてしまうような事態に陥っている。

かりに、北朝鮮が崩壊したとしたら、前線がどこか別の場所に移動するだけだ。沖縄かもしれないし、北海道かも知れないし、尖閣諸島かもしれないし、日本本土かもしれない。

北朝鮮を焚き付けているのはアメリカであるが、この冷戦構造を見据えれば、「北朝鮮に断固たる対応を取る」などと勇ましいポーズは取れないはずだ。

また、第1次世界大戦、第2次世界大戦、その後の朝鮮戦争やベトナム戦争やイラン・イラク戦争、湾岸戦争、イラク戦争などを経て、人類は、自分が思っている「正義」が他者にとっての「正義」ではないことや、自分の利益のみを追求することによって、逆に自分が不利益を被ることになるということを思い知らされてきた。

人間というのは、パースペクティヴ(遠近法)に囚われた生き物である。視野が非常に狭く、自分に見えていないものは存在していないかのように振る舞うことができる愚かな生き物である。20世紀の初頭に、そんなの人間の愚かさへの反省から、学術の分野(文化、芸術、文学)において、パースペクティヴを超越しようという動きがあった。それは世界を神の視点から俯瞰するという衝動だ。人間には想像力がある。その想像力を活かして、すべてのものを等価値に見ようとするものだ。パブロ・ピカソのキュビスム以降の作品はまさにその試みの一つである。

人類は、いまだにそのような精神を身につけることが出来ない。それはなぜか。もちろん人間は愚かな生き物であるからだ。

しかし、自らの愚かさを自覚しながら行動すれば、そのような愚かな行動に陥ることはない。自らの愚かさを自覚しながら、それを見ないようにしているのが、まさに安倍総理だ。彼こそ、日本人の多くが落っている「対米従属のヘタレ精神の象徴」なのだ。そのようなバカを政界から抹殺することが、日本にアメリカからの独立をもたらし、同時に、人類を幸福に導くひとつのきっかけになるかもしれない。

都民ファーストの会の勝利は、差別主義者の勝利 [雑感]

小池都知事の極右思想、ヘイト団体との接点も|LITERA/リテラ

極右の小池都知事の都民ファーストの会と公明党の連合が都議会の過半数を取る可能性が高いという。自民党が大敗北し、国政を揺るがしてくれることは大歓迎だ。しかし、小池都知事は、ナショナリストであることが気がかりな点だ。彼女は、今年3月16日の都議会予算特別委員会で、「グローバル人材の育成の観点からも、国旗や国歌を大切にする心を育むということこそ重要」だと言ったそうだ。そして、都立看護専門学校や首都大学東京での入学式・卒業式では、国旗の掲揚のみならず「国歌斉唱についても行うよう望んでいきたい」と述べたという。

これここそ、グローバリズムの対極にあるナショナリズムの思想である。グローバリズムとは、人や物の交流によって、実質的に国境が消滅することを受け入れることを差している。一方、ナショナリズムとは、国民国家(ネイション)の独立を前提とする思想だ。その思想は、外部に対しては排他主義に、内部に対しては監視や弾圧につながる要素を秘めている。

自民党や公明党や維新の会や都民ファーストの会の議員の多くは、明らかに、排他主義者であり、差別主義者である。LGBTに関するアンケートでもそれが如実に反映されている。彼らにとって、性的少数者は存在していないのである。現代のリベラリズムな視点では、差別という。

【東京都議選】LGBTの政策について各党にアンケートをとって比べてみた | 松岡宗嗣

「都民ファーストの会」という党名は、差別主義者のトランプ大統領の"America First"という言葉のパクリである。自分たちの利益を最優先し、その他の者たちのことはどうでもよいという本音を表立って表明することの恥ずかしさをまったく隠すことのない人たちの醜さを私はどうしても受け入れない。