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度数分布表とヒストグラム [学問]

NHK高校講座 | 数学Ⅰ | 第35回 第5章 データの分析 データと度数分布表

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30年前はこんなことを高校の数学Iでは教えてもらえなかったけれども、いまは正規のカリキュラムに組み込まれているんだね。これまでは経済学で習っていたことかもしれない。番組では、この方法を使えば、試験問題の難易度や、その町の家賃の安さとかを客観的に分析できると説明されていた。

近頃では、こういうデータ分析が理科系の学問だけではなく、文系学問(言語学、文学、歴史研究など)にも取り入れられてきている。ちなみに、ヒストグラム(histogram)は、棒グラフ(bar chart / bar graph)の別名。

ただし、このデータ分析にも限界はある。たとえば、100点満点の試験の結果、それらを5つの階級に分け、度数を数えてみたら、すべて5つずつだった場合、難易度が判別できなくなってしまう。また、家賃の安さを比べる場合でも、5万円以下の家賃で借りられるアパートの相対的な割合が高くても、絶対数で見たときに少なかったら、どちらが家賃が安いと言えるのか判断がつかない。

データは正しくても、間違った解釈をしたり、意図的に操作したりすることもあるはず。安易にデータ分析があるからといって信用してしまうのは危険だと思う。そのような危険性も高校生に教えておいたほうがいいのかもしれない。世の中には詐欺師が多いからね。政治家も官僚も経済学者も教育学者も、うかつに信用しない方がいい。

金(ゴールド)を買っておくほうがよいのかも [雑感]

危険なドル急落の背景と資金の流れの変化

なーるほど。ドル安はトランプ候補が作り出しているわけか。世界を混乱させるトランプがアメリカ大統領になる可能性も高まりつつある今、国債や株式などではなく、金(ゴールド)を買っておいたほうがよいのかもしれない。

半数は「夫の仕事に不満」 高給取りも覚悟せよ、妻からの三行半 | 経済 | ニュース | So-net

夫の収入が低いのは、夫個人の問題ではなく、社会的な問題だということに気づかないの妻がいるのは不思議である。サラリーマンの平均年収が400万円である時代に、自分の夫の年収が400万円だから低すぎると言うのは筋違いな批判である。むしろ、これまでサラリーマンの年収を下げ続けてきた政府の失政を非難すべきである。

清水国明さん「仮設よりトレーラーハウスを」が大反響 被災地... | 社会 | ニュース | So-net

日本は年がら年中どこかで災害が起きているのだから、仮設住宅を建設するよりも、移動式のトレーラーハウスを活用したほうがいいと私も思う。

仮設住宅は、昭和22年に制定された災害救助法が定める規格で作られた粗悪な小屋にすぎない。結露に悩まされるほど断熱性も低く、居住スペースも四畳半ほど。そこに家族4人で住めというのは、まるで刑務所に入れられているようなもので、あまりに差別的である。そんなボロい住宅であるにもかかわらず、建設費用は300万円ほど。

一方、アメリカの田舎で貧乏白人が住処としていることが多いトレーラーハウスは一台あたりおよそ700万円だが、トイレもキッチンも整備されているし、ペアガラスで断熱性が高く、その上移動式なので災害にも強い。被災者の生活が再建され、使用の必要がなくなった場合は、別の被災地へ牽引して移動すればいい。

こうして比べてみれば、どちらがお金の無駄遣いか一目瞭然であろう。災害の多い日本で暮らす人々に全く安心感を与えてくれない時代遅れの価値観に縛られている政府に、新たな発想を与えてくれたアウトドアライフの専門家である清水国明さんの意見は傾聴に値するものであると思う。

Japan looks to reform rigid tour guide exams as part of wider tourism push | The Japan Times [英語]

Japan looks to reform rigid tour guide exams as part of wider tourism push | The Japan Times

「通訳ガイド」という難関の資格を持った人が観光業界では活用されず、無資格の通訳ばかりが使われ、「通訳ガイド」という資格が価値を失っているという。

通訳ガイドの試験の難易度は高く、合格率は低い。低いのは、合格率だけではなく、資格を持っている人がその資格を活かして仕事をしている割合もだ。さらに、資格を活かして仕事をしている人でも、年収はおよそ100万円と、一般のサラリーマンの4分の1である。

通訳ガイドの資格を持った人が企業側に活用されず、無資格の通訳が多くなっている背景には、業界側のコスト削減がある。日本には生活費に困っている留学生がいくらでもいる。そんな彼らは低賃金であっても、便利に働いてくれるのである。したがって、わざわざ通訳ガイドを利用する必要もないのである。企業側には「搾取」に好都合な条件が揃っているわけだ。

しかし、資格を持っていないからといって、彼らが通訳ガイドとして働くことを禁止するのもまた問題である。実際、観光客が知りたがっているのは、外国人にとっての日本の暮らしであって、日本人の通訳ガイドにはそれは伝えることはできない。だからこそ、日本に滞在する外国人の活用も必要なのである。

また、通訳ガイドの試験の中身は、時代遅れになっており、観光客が知りたいと思っていることは関係がない。あまりに瑣末的なことばかりである上に、試験問題は日本語であり、外国人が受けるにはハードルが高すぎる。いずれにせよ、そんな資格を持っていても、現場では役に立たないというのが現実なのである。

今後、真っ先に国がやるべき対策は、日本の観光業を後押しすることを目的とした、通訳ガイドの資格試験自体の改革にあるようだ。それにしても、日本には、嫌になるほど時代遅れなものが多すぎて、いつも呆れるばかりである。

SNSは匿名でやるべき [雑感]

SNSを実名で登録している人もいるが、名前の知られていない人がわざわざ実名を出しても、危険性が高くなるだけで、何の得にもならないように思える。名前の知られていない一般人ならばSNSを実名ではなく、匿名でやっておいたほうが無難だと私は思う。

その理由は三つある(順番は重要度の順位である)。第一に、実名での発言のせいで、就職の時に不利になるかもしれないからだ。学生たちの名前を入れてググると、彼らのtwitterやらfacebookやらのアカウントが次々と出てくる。もし彼らが教員の悪口を書いていることが就職の面接官にバレたら、彼らはきっと就職の機会を逃すことになるだろう。

第二に、実名だと自由な発言ができなくなり、場の空気を読むような、優等生的な発言しかできなくなるからだ。そんな発言は、誰にとっても意味がないし、時間の無駄である。

第三に、匿名より実名での発言のほうが価値があるというのは幻想にすぎないからだ。一見、実名に見える名前でも、実は本名ではない可能性もあるし、実名に見えない名前でも、実は本名かもしれない。最近は、親が変わった名前をつけることも多いので、ペンネームと本名の区別さえもつきにくなっている。そんな時代だからこそ、実名か匿名の違いを重要視するのは間違っている。重要なのは、発言の中身の方である。

匿名でSNSをやっているような奴はヘタレだと罵る評論家がいるが、力のない一般人は、自分の身を守るために、SNSを匿名でやるほうが安全だと思う。もし、匿名の奴はヘタレだというのなら、自身が出演しているラジオ番組に投稿する人にも、ペンネームではなく実名を晒せと命じないと筋が通らないだろう。



揚げ餃子 [料理]

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久しぶりに揚げ餃子を作りました。中身は豚ひき肉とキャベツとネギとカレー粉と塩コショウ。うっかり生姜とニンニクを入れ忘れましたが、まあ、食べられました。

ここのところ仕事が忙しく、自分で料理が出来ませんでした。妻は料理が好きではないので、いつも同じメニューです。目新しい料理など、何年も食べさせてもらっていません。いつもレトルトのハンバーグやら、ほか弁やら、惣菜やら、冷凍食品の揚げ物やら、焼き鳥や焼き魚で済ます人で、野菜を食べさせてくれないので、私が忙しい時はどんどん体調が悪くなっていく気がします。


マキノ雅弘監督、『日本侠客伝 花と龍』(1969年) [映画]


日本侠客伝 花と龍 [DVD]

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日本侠客伝 花と龍 | Movie Walker

主演は高倉健。原作は火野葦平。音楽は木下忠司。

(民主主義的な)新興勢力が(封建主義的な)旧勢力を壊滅させるという物語。

日露戦争帰りの玉井金五郎、通称玉金(高倉健)は戦友の大田新之助(二谷英明)を頼って北九州で沖仲仕(ごんぞ)になる。玉金はその男っぷりの良さを評価され、永田組(親分は上田吉二郎!)の助役に抜擢される。一方、玉金は、戦友の大田が密かに恋するおマン(星由里子)と結ばれ、大田から恨みを買う。

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玉金は、かつて義理の兄(山本麟一)に連れて行ってもらった賭場で知り合ったツボ振りのお京(富司純子)に再会する。お京は玉金に惚れているのだが、鈍感な玉金はそれに気づかない。お京は玉金が結婚したことを確認すると、すっと身を引き、玉金の身体に彫り物をすることで、自分の痕跡を残す。しかし、玉金が求めたのは、おマンとの思い出の菊の花を彫ってもらうことだった。刺青をしてもらっている間、家に戻ってこない玉金に、新妻のおマンはやきもきし、それがきっかけでちょっとした夫婦喧嘩に発展する。

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一方、敵対するヤクザの伊崎組の手下になった大田(二谷英明)は、玉金(高倉健)を陥れる計画を実行し、果ては一対一の決闘を申し出る。殺傷沙汰に発展する寸前で、共通の知り合いの女親分が間に入って、その場を収めてくれる。

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玉金は、耄碌してきた永田組の親分(上田吉二郎)の跡を継いで、新しい組を作ることを他の親分たちや、自分の親分から頼まれる。玉金は、玉井組の親分になり、また彼が中心となって沖仲仕組合を結成する。玉金が自分の組を持てるようになった理由は、上役や仲間からの信頼にあり、ゆえに玉金は民主主義の象徴となっていると言える。

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仕事が順調に転がりだしたとたん、新興勢力の玉井組を目の敵にする伊崎組の親分(天津敏)が、子分を使って玉金の義理の兄(山本麟一)を暗殺する。伊崎は玉金の義兄を殺しておきながら、玉金を自分の組を持ったことを祝うための宴席に招待する。玉金を殺害する意図が見え見えである。妻のおマンは、新調したばかりの着物に着替えさせ、気丈に夫を送り出す。今回の健さんは、懐にドスを忍ばせることも、刀を携えることもなく、丸腰で敵の陣地に乗り込んでいく。

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伊崎組の宴席で、お京とまたしても再会。伊崎は玉金に飲めない酒をたっぷり飲ませ、余興をするように命じる。玉井暗殺の意図を察知したお京は、長押(なげし)から長槍を外して玉金に持たせ、黒田節を歌う。

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みすみす夫を殺されるわけにはいかないと思い直したおマンは、仲間を引き連れ、夫の助太刀に向かう。星由里子は最初から最後まで気丈な九州女を演じきっている。若大将シリーズのマドンナのイメージしかなかったが、さすがに昔の映画女優は迫力が違う。

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後ろ手にドスを握った大勢のヤクザたちの囲まれながら、玉金は勇敢に堂々と黒田節を舞う。(酔拳か!)

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背中が壁に近づいた瞬間、背後からふすまを貫く刀が玉金の腰にぶすりと刺さる。お京はさっと玉金のもとに駆け寄り、懐から拳銃を取り出し、発砲する。彼女は玉金を支えながら、彼の身体に彫った「花と龍」の彫り物を伊崎たちに見せてやる。水戸黄門か、はたまた遠山の金さんか。そうして、玉金の怒りの槍が、次々にヤクザたちを刺していく。

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勢い大田も玉金の加勢に入る。しかし、奮闘むなしく大田は伊崎の手下(小松方正)にあっけなく刺殺されてしまう。二谷英明は格好悪すぎる。

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いつものパターンだが、最後の最後に玉金は首領(伊崎の親分)と対決になり、彼を格好良くぶった斬る。ブス、ブス、バシッっと恨みのこもった三度斬りだ。

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乱闘が終わった直後、おマンたちが駆けつける。お京は、夫の無事を喜ぶ妻の姿を確認し、おマンに向かって、「この刺青は私が彫ったものよ。あなたに負けたわ」と言う。夫婦喧嘩の芽も摘んで、めでたしめでたし。

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『日本侠客伝』や『昭和残侠伝』のほとんどの物語の構造は「忠臣蔵」と同じものだが、この作品はそれとは違っている。高倉健が親分の敵を討つというより、親分の高倉健が身を賭して子分を守るという物語になっている。しかも、丸腰でだ。まるで戦後民主主義vs.戦前の封建主義の戦いのようである。

それにしても、「玉金」と「おマン」とは恐れ入った。当時の観客もニヤニヤしながら観ていたのかもしれない。

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CDMDラジカセが壊れた [雑感]

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10年前に買ったビクターのCDMDラジカセ(マレーシア製)が壊れてしまった。

授業で使うCDをカセットテープにダビングしようかと思い、今日100円ショップで買ったばかりの90分テープを入れ、CDをセットしたら、うんともすんとも言わない。昨年までは動いていた記憶があるのだが、彼女の突然死にいささか驚いている。

カセットやMDやラジオは壊れていないが、CDプレーヤーだけが壊れてしまったようだ。この10年間、めったに使わずに押し入れにしまっていたので、押し入れの湿気が故障の原因なのだろう。

ネットを探すと、自分で修理する方法が、いくらでも見つかるが、家電関係の修理の知識も技術も私にはまったくないので、諦めるしかない。一般的に家電の寿命は10年と言われているので、そろそろ壊れる時期だったのだろう。

考えてみれば、MDは一切使わないし、CDもパソコンがあれば済むし、ラジオはスマホがあれば十分だ。もうラジカセの時代は終わったのかもしれない。

クリーンセンターに持参して、奈落の底に投げ落とす気分にはなれないので、今度、廃品回収車が通りかかったら、呼び止めて、出してしまおうと思う。もし有料で引き取るなんて言われたら、金属ゴミの日に出すしかない。



「日本死ね」「呪われた25年」 [雑感]

明日仕事に行ったら3連休だ。でも、今年は私にとって「ゴールデン・ウィーク」などという1週間は存在しません。8月まで毎週「地獄の一週間」が続きます。ああ、夏休みも短くなってしまいました。

ひどすぎる〜

文科省のバカ役人、どうか死んでくださいませませ。私からだけのお願いではありません。国民全員からのお願いです。

授業は半期15回厳守という、訳の分からない要求をしている阿呆な役人さん、あなたがたは東大出で頭がいいのかもしれませんが、世間の感覚からは相当にズレています。ご自覚はないのかもしれませんが、あなたたちは完全に気が触れています。コマ数を半期12回から15回に増やした結果、どういう効果があったのか、確たる証拠を出してください。

教職員も学生も単に忙しくなっただけで、勉強ができるようになったということは一切ないと思いますが、何の効果もなかったのなら、即刻12回に戻すべきです。スケジュールにも無理がありますし、コマ数が増えた分の給料をもらっていないのですから、これは搾取以外の何ものでもありません。

大学の教員もバカが多いですが、簡単な算数ならばできますよ。あなたたち役人さんはもともと頭がいいのですから、タックスヘイブンを使って税金逃れをしている大企業から税金をぶんどって、困っている庶民に回してくださいな。

年々、われわれは忙しくなるばかりで、学生の面倒を見る時間が取れなくなり、物価と税金の上昇に伴い、賃金が相対的に減るのに比例して、モチベーションも下がるばかりです。防衛省にオスプレイを買わせたり、クソみたいなビルや堤防や原発やオリンピック会場を建てるのはやめて、教員の給料を今の2倍にしてくださいよ。あまりに、あまりに、低すぎます。あなた方は、われわれの専門知識を過小評価しすぎています。

学生たちには、「もうヤケだ、やけのやんぱち、日焼けのナスビ、色は黒くて食いつきたいが、わたしゃ入れ歯で歯が立たないとキタ〜、アタシは来るけど、君たちは予定があれば来なくていいよ、そんなスケジュールにした阿呆な奴らが悪いんだ。学生がひとりも来なかったら、授業しないで帰るよん」と言っておきました。全員が空気が読む能力を持っていたとしたら、授業はお流れ、ざまあみろということになります。

この国の政治家はトンチキしかいないし、官僚は感覚がズレているし、大企業のお偉方は脳みそが腐ってているし、お人好しな庶民は世の中に無関心で、騙されやすいし、ほんと、「日本死ね」って言いたくもなるます。こういう教育が続けば、今の若者は、官僚の言いなりの自民党には投票しなくなりますね。

バブル崩壊以降のこの25年間は、まったくもって「呪われた25年」としか言わざるをえません。「失われた」どころではなりませんよ。

ご愁傷様です。

岡本裕一朗、『フランス現代思想史 - 構造主義からデリダ以後へ』(2016年) [本]


フランス現代思想史 - 構造主義からデリダ以後へ (中公新書)

フランス現代思想史 - 構造主義からデリダ以後へ (中公新書)

  • 作者: 岡本 裕一朗
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2015/01/23
  • メディア: 新書






アマゾンのレビューを見るとフランス現代思想がわかりやすく解説されているとか、フランス現代思想との距離感が適切であるとか、すこぶる評判が良い。「わかりやすい」と思える人は、相当にフランス現代思想に通じている人かもしれないが、あまりに情報が盛り沢山なので、決してわかりやすいとは私には思えなかった。一方、「適切な距離感」という評価の方は私もまったくその通りだと思う。

要するに、著者がしたかったことは、フランス現代思想の旗手たち(レヴィ=ストロース、フーコー、ドゥルーズ、デリダ、アルチュセールら)の思想は積み残しばかりであって、彼らは何も解決してくれていなかったことを再確認(暴露?)することと、その後の世代の哲学者がすべき宿題を整理することだったと言って良い。

その意味では、これは決して「わかりやすい」フランス現代思想史の入門書などではない。まともに読めば、余計にわかりにくくなってしまったという読後感しか残らないだろう。つまり、この本を読んでわかったつもりになっている人たちは「ソーカル事件」の教訓をいまだに活かせていないということだ。

ソーカル事件とは、この本の冒頭にも取り上げられているが(冒頭だからこそ重要だ!)、1994年にアメリカの学者が、さまざまな文献を切り貼りしてでっち上げた、内容のないフランス現代思想風の論文が、編集者の目をすり抜けて、権威のある雑誌に掲載されてしまったという事件だ。要するに、目利きであるはずの優秀な編集者にすら中身が理解できないようなものを、ありがたく奉るという阿呆な連中がファッションとして現代思想の文学的な(哲学的ではない!)テクニカルタームを振り回していい気になっていたということである。

この本を読んで、「わかりやすかった」などと言って、わかったつもりになっている方たちは、ソクラテスの言う「無知の知」を思い出して、自らの浅はかな姿勢を本気で省みた方がいい。


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日本の大企業の凋落の原因 [雑感]

ソニー、東芝、シャープ、三菱(三菱自動車、三菱重工、三菱商事)、トヨタ、日産、ホンダなどの最後のあがきを見ていると、日本の大企業の凋落が本格化したことを改めて思い知らされる。この原因はいったい何なのだろうか。

原因は複数指摘できるのは当然だが、それらすべての原因は一つに集約される気がする。それはグローバリズムだろう。世界経済が平準化されていくにつれ、国家間の経済格差を利用した競争戦略が機能しなくなり、その結果、自国民の経済水準が大幅に低下。自国民に買い支えられていた自社製品が自国民にさえ売れなくなり、企業は利潤をますます減らしていく。結果、日本企業は世界との競争に敗れて、市場から次々に撤退していく。

私はこうなることを20年ほど前から予想していたが、その予想が当たりつつある。工業が衰退した後は、農業、教育、医療の分野がその後に続き、あと10年もすれば日本は三流国に成り下がるのだろう。出口戦略を考えもしない株価至上主義のアベノミクスは(安倍総理の頭のなかは憲法改正しかないから当たり前だが)、その最後の悪あがきでしかない。