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出口が見つからない。 [雑感]

50歳を目前にした労働者は、早朝5時に目覚め、大急ぎで支度をし、6時台の満員の痛勤電車に揺られて、8時過ぎに職場に到着する。日中、上司や顧客のわがままに耐え、ようやく夜遅く解放される。帰宅時間は、21時か22時。すぐさま夕飯を食べ、風呂に入ると、あっという間に23時。気がつけば、自分の時間は一切ない。家族と顔を合わせたり、一緒に食事をしたり、話をする時間もない。子どもたちがいま何を考えているのか、どんなことに興味を持っているのか、学校で何をしているのか、まったくわからない。

そんな日々を送っていると、ふと「もういいかな、こんな生活。夢も希望もないし。何の楽しみもない。」などという思いが脳裏をよぎり、遠くをぼんやり見てしまうことがある。「このまま電車に飛び込んでしまったら、どんなにか楽だろうな。でも、飛び込んだら痛そうだ。あの尖った部分で弾き飛ばされ、プラットフォームのコンクリートに打ち付けられ、骨がボロボロに折れるのだろうか。そして首の骨が折れて、動脈が切れ、鮮血が周囲に飛び散るのだろうか。後片付けをする人たちはどんな気持ちで遺体を処理するのだろうか。うーん、やっぱり、癌にでもなってくれないかな。癌になったら、なんの治療もせず、そのまま死ぬまでのんびり暮らしたいなあ。」

「長く生きていると、だんだん嫌なことが少なくなってくるものだ。」と小田嶋隆さんは言う。もしかしたら多くの人にとっては、嫌なことの数は減ってくるのかもしれない。しかし、私の場合は、嫌なことの数は増え、しかもますます質が悪くなっている気がする。そういうことを考えているうちに、どんどん暗黒の森の中へとさまよい込んでいってしまう。このままの状態で生きている限り、この森からの出口は見つからなさそうだ。